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※本記事はでぶねこまるじの視聴記録・感想であり、事実関係の正確性を保証するものではない。
各プレーの評価は吾輩の主観に基づくものである。

【2026年4月20日】試合結果:日本ハム vs 西武(エスコンフィールド北海道)

チーム123456789RHE
西武00410008215130
日本ハム001100100363

数字だけ見れば西武の圧勝である。「終盤に西武の打線が猛攻をしかけ、日本ハムは投手陣や守備が崩れて大差をつけられた」という表現で解説を終わらせることもできる。
しかしその数字の裏には、フル視聴した吾輩が目撃した濃密な時間が折り重なっていたのである。

数字だけでは語れない「体感」の記録

最終的なスコアは15-3、一見すればワンサイドゲームである。 しかしながら吾輩の目に映ったのは、数字の羅列よりもずっと濃密な時間であった。 モニター越しのライブ配信を通じて感じた熱量は、スコアボードが示す差異とは別次元のものであったと吾輩は断言したい。

試合中盤に点を取り合う両者。緊張の糸が張り詰めた7回裏~8回表の攻防。 大差がついたのはまさに一瞬のことであった。点差以上の駆け引きや見どころが詰まっていた。

スポーツ観戦の妙とは、結果が出た後もなおそこに至る道筋を何度でも反芻できるところにあると考える。 以下に記すのは、あくまで吾輩の視点から見た「この試合の正体」である。

でぶねこまるじ

「終わってみれば圧勝」「投手陣が崩壊した」という言葉では、そこに至るまでのプロセスをあまりにも手軽に圧縮しすぎである。 吾輩はその過程を、観た者として記録しておきたいのである。

中盤までの展開

試合が動いたのは3回表、西武が連打と四球から桑原のタイムリーで先制する。途中に起きた牽制タッチアウトという攻めの勢いをそぐプレーをものともせず、先制ににつなげることができた。そしてその1点で終わらず、渡部の3ランホームランで追加点を奪ったことも大きかった。一昨日の試合ではFA加入選手に頼りすぎ感が目立った中で、生え抜きや中堅の選手が負けじと結果を出せたことはチームに良い影響をもたらすのではないか。

一方の日本ハムは4点を先行された直後に水谷,レイエス安打で1点を返す。5回に再び4点差とされるも、その裏に万波がホームランを放って再び3点差。「取られた後にすぐ取り返す」ことで相手のペースにさせなかった。

中盤に点を取り合った結果、終盤に入って西武が3点リードする展開。しかし日本ハムは当時独走していたホームラン数に代表される破壊力をもっており、地の利もあって終盤に逆転も十分あり得る状況であった。実際に前日の試合では6回に一挙5点を奪い逆転勝利していた。どちらに転ぶかわからない試合は、終盤に思わぬ展開が待っていた。

全力プレーの代償と、そこに宿る誠実さ

試合の中で吾輩にとって最も印象的なシーンは、7回裏1死満塁から内野ゴロで発生した不運な送球直撃であった。

  1. 7回裏1死満塁、水谷が内野ゴロを放つ
  2. 守備が1塁線ギリギリで捕球し、ホームをアウトにしようと送球
  3. 送球が水谷の腕,顔面に直撃
  4. 直撃後のボールを守備側が1塁へ送り、1塁アウト。
  5. 日本ハムが1点追加、2死2,3塁となる。

一連のプレー後、治療のためベンチへ引き上げる水谷を見ながら「これは故意に走者を狙った送球ではない」と確信した。意図的な行為などでは断じてなく、全力さゆえに生まれた不運な事故であったと吾輩は理解している。あのプレーの前後においては以下のようなことが考えられるからである。

  • 7回裏1死満塁、攻める日本ハムが3点を追いかける状況。
  • 守る西武は3点リードしているが、アウトを奪えず得点を許してしまえば容易に同点,逆転につながるので決して余裕があるわけではなかった。
  • 攻める日本ハムは7回3点ビハインドを考えると、ここで得点できないとかなり苦しくなっていた。
  • 打球が内野に追いつかれたことでダブルプレーにされる可能性ができ、打者は無我夢中で1塁に向かっていた。(打球直撃後も懸命に1塁へ向かっていた)
  • 守備側は打球に追いついた時点でホームをアウトにできる可能性が十分にあったため、失点を防ごうとホームへ送球を試みた。
  • 送球が打者走者にあたったことで失点は防げなかったが、インプレ― (プレーは続いていた) ので取れるアウトを取りに行った。
でぶねこまるじ

あの一瞬、両者とも勝利のために全力で動いていたのである。 だからこそ起きてしまった不運な事故である。全力プレーの誠実さを、吾輩は責める気にはなれないのである。

打球の直撃について「走塁妨害にはならないの?」 と考えたが、どうやら現行のルールでは打者走者に直撃後であってもインプレ―になるようである。そのため審判の判断および守備側が1塁をアウトにする行為は、ルールに即した妥当なプレーであった。

「打球が直撃して走ることが困難なのに、アウトにされてしまうのは可哀そう」とは思ったが、「送球を直撃させて走れない状態にしておいて、アウトにするのは卑怯」とは思わなかった。試合展開や当時の状況を考えれば本塁への送球は勝つための妥当なプレーと考えられ、故意に走者を害しようとは考えもしていなかったはずである。
現場(選手,審判)は現行のルールに即したプレー,判断をしていたため、彼らを責めることは筋違いと考える。一方で送球が直撃してなお走り続けることが難しいこともまた事実である。走者を守るルールの追加や改正があってもよいのではと思った。

でぶねこまるじ

送球が直撃した水谷は直後の守備に戻ってきたが、試合後に骨折が発覚して離脱することとなったのである。一刻も早い回復を願うばかりである。

ミスの連鎖で「大量失点」これが野球の怖さ

8回表、日本ハムはルーキーで初登板の大川がマウンドに上がる。最初の打者をフライに打ち取ったが、次打者のゴロを内野がファンブルしてしまう。さらに安打でつながれ、1,3塁となる。この時点ではまだ悪い空気は感じず、ダブルプレーで無失点終了も狙える状況であった。

ここで西武がセーフティースクイズで奇襲を仕掛ける。これに対し、日本ハムは果敢に本塁タッチアウトを狙った。終盤の8回で直前に点差を詰めたことを考えれば、1点もやりたくない意識であったことは容易に想像出来た。しかし本塁への送球が逸れ、失点を防げなかった上にオールセーフで2,3塁となってしまった(野選+悪送球)。

ここから試合の流れは明確に傾いた。続く打者に対して投手が暴投してしまい1点追加、内野ゴロに対して再度本塁タッチアウトを狙ったが間に合わずオールセーフに。次の1点を防ごうという意識が悉く裏目に出てしまう。さらに2塁打で再び2,3塁とされ、ここで投手交代。しかしこの悪い流れを止められず、タイムリーで4点目を奪われる。そして四球で満塁にすると最後はホームランを打たれ、2つ目のアウトを取れずに8失点となってしまった。

でぶねこまるじ

誰に責任があるかという単純な話ではなかったと感じたのである。一つのボタンの掛け違いが、これほどまでに大きな波となって押し寄せたのである。この「連鎖の不可抗力」に野球の残酷さを見た気がしたのである。


満塁ホームランの前から、試合の趨勢は決したように見えた。 それでも吾輩はスクリーンから目を離せなかった。そこには、プロの意地と現実の間で葛藤する選手たちの姿があったからである。

点差が開いても揺るがない「プロの矜持」

大量リードを奪った後の西武の戦い方もまた、 この試合を語る上で欠かせない。満塁ホームランを放った源田は、プロ10年目で初めて打ったという。大量リードで気を緩めていれば、打てなかったはずである。8回裏から登板した投手も9回まで0を並べ、大量リードに甘えず1つのアウトを丁寧に取りに来る姿勢は変わらなかった。9回表にもリードを更に広げた。

これは一見当たり前のことのように映るが、実はなかなか難しいことであると吾輩は思う。 点差が開けば、どこかで気が緩むことがあっても不思議ではない。8回裏に四球を選んだ先頭の大塚は、大差がついてもなんとかしようと必死になっていたに違いない。

敬意を持った全力プレーこそが、最大の礼儀であると感じた。点差に関わらず互いに手を抜かないことで、試合全体の品位が保たれていた。そのような姿勢は、敗れた側のファンにとってさえ一種の清々しさをもたらすものである。最後まで残って応援を続けた日本ハムファンが大勢映っていた。試合終了まで応援し続けた両チームのファンも含め、その誠実さに吾輩は敬意を覚えずにはいられなかった。

まとめ

結果は完敗、あるいは大敗かもしれない。 しかしながらこの試合のスコアの向こうには、 守備の乱れによる連鎖,全力さゆえの不運な事故,そして大差がついてもなお揺るぎないプロの矜持 ── それらが確かに存在していた。

吾輩が野球を観続ける理由の一つは、こういった「数字にならない時間」にある。 完璧なゲームでなくとも、むしろ不完全であるがゆえに浮かび上がる人間の熱量というものがこのスポーツには息づいていると感じた次第である。

そこにあったフェアプレーと真剣勝負は、次戦への期待を十分に抱かせてくれるものだった。

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